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白い家具

日本催眠心理研究所に​

ご興味、ご関心を向けてくださる

すべての方へ

​すでにお会いしている方にも、

これからお会いできる方にも

私たちが受け継ぎ、

未来へつなげようとしている思いを

​お伝えしておきたいと思います。

日本催眠心理研究所の思い

 昭和二十九年に、医学博士 故 森定一先生によって設立された日本催眠医学研究所は、それまでエンターテイメントとして扱われていた『催眠』という現象をメカニズムから紐解き、実践的研究を重ねることで、医療現場でも有効な『医療催眠法』を確立。多くの患者様たちの治療にあたりました。

 森先生のもとで『医療催眠法』を学び、習得した弟子たち、賛同した医師、歯科医師とともに『日本臨床催眠医学研究会』が設立され長く活動が続きました。

 森先生が亡くなる平成十年十一月まで続いた日本催眠医学研究所のなかで、後継者として指名を受けた米倉一哉先生は、多くの患者様からのご期待とご支持を受け、日本催眠医学研究所があった森先生の診療所のすぐ近くに日本催眠心理研究所を立ち上げました。

 日本催眠心理研究所は、医療的な治療から心理学的な理論と技法へと移行し、それまでの患者様をクライアントさんとお呼びするようになりました。

以後、米倉一哉先生は更なる研鑽を積みながら、三十年近くも時代の変化にあわせた心理療法の研究と実践に努めてきましたが、令和七年七月四日に永眠されました。

 経験も、実力も、感性も、思想も、心理臨床家の人生として最高潮に達した時期での旅立ちでした。

 私は、ある日、米倉先生から呼び出され「僕のクライアントさんを頼むよ」と言われました。また同時に「催眠を無理に残すことはないからね」とも言われました。その時にはよく意味がわかりませんでした。

米倉先生ご不在の研究所で、私は多くのクライアントさんとお会いしました。

 

森先生時代からいらしている方々のお話しもお聴かせいただきました。

 

ここでの催眠療法とは、ただの心理療法のひとつなどではなく、絶対的な信頼関係があり、その関係を構築するまでの長い道のりがあり、心理臨床家のたゆまぬ努力の姿勢はもちろんですが、クライアントさんが苦しみながらもご自身と向き合われ、なりたいご自分になろうとひたむきに通って来られていることを実感しました。

今ははっきりわかります。催眠療法は技術や仕組みではありません。
生半可な気持ちでできるものでもありません。それでも毎日のようにクライアントさんにお会いしながら私は思いました。

 森先生が創始され、米倉先生がすべてを捧げた催眠という『愛情』を大切に受け継ぐために、

『日本催眠心理研究所』の看板をあげて、私たちはここに在ります。

日本催眠心理研究所  所長   小村 真琴
 

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